内観体験者の声−1
季刊内観 H15年1月1日発行
【病気を治したい】
モノクロの風景がどんどんカラーに
M.S 主婦28歳
アトピー・腰痛・不安神経症・鬱病等で、日常生活に支障が出ていました。四月中旬、生きるのに疲れた、、、と思ったとき、ふと「内観」という言葉を思い出しました。
その時は「内観」「奈良」「屏風」「効果のある人とない人がいる」というキーワードしか思い出せず、それでホームページ等を検索しているうちに、ここののことを知りました。
栃木なら東北本線上だから行ける!と、電話が怖かったが藁にもすがる思いで夢中で電話し、申し込みました。始めは不安でした。なにしろ前日まで、食欲なし・過眠・昼夜逆転・集中力なし・やる気が起きないetcだったので、、、。
三日目くらいまではちょっと大変でした。なかなか集中できなくて、思い出せなくて、眠くて。でも、だんだん集中力が増してきて、早寝早起きが出来るようになり、お腹が空いたという感覚が湧いてきて、ご飯が美味しく感じられるようになり(本当に美味しかったです)、ご飯からエネルギーをもらって生きてるっていうことを実感できるようになりました。
過去の風景が鮮明にパーッと思い出され、モノクロの風景がどんどんカラーになってきました。みんながわたしに対してしてくださったことがいっぱいあったということ、それを当たり前と思い、迷惑をかけているにもかかわらず、暖かく見守って下さり、私にいろいろしてくださっていた、、、。
初めは申し訳なくてたまらなかったが、だんだん、ありがたい、本当にありがとう、お陰で今日まで生きてこられた、生かさせてもらったという感謝の心でいっぱいになりました。
そして、幻聴が聞こえ、アトピーの原因になったと思われる出来事にも気づきがあり、、、。今までプールの集中講演塩素と紫外線に負けたのが原因と思ってたので、発見でした。そして自分が本当はずーっとやりたかったのに、切り捨てて閉じ込めてしまったことにも気づかせていただきました。
そして今までずーっと怖かった地震の時のこと、なかなか思い出せなくて辛かったののですが、最後の最後に鮮明とはいかなかったのですが思い出せました。そして、母からの自分が見え、母のしてくださった事、そのころ沢山迷惑をかけたこと、ずっと母のせいだと思ってたけど実は自分がそう思っていただけだった、母は見放していたわけでは決してなかったということに気づかせていただきました。
いっぱい泣いて、先生に「もう大丈夫ですよ」と手を握っていただき、背中をさすっていただいた時、長年の憑き物がスーッと取れたように楽になることが出来ました。
もう大丈夫な気がします。ありがとうございました。【内観語録】気づきの旅、自分探しの旅です。新しい発見がいっぱいです。
父子連鎖
S.S会社員 26歳
憂鬱者という病気とアルコール依存といわれ、アルコールは自分と家族のお陰で断ち切れましたが、イライラ・不安感・自殺願望・無力感は、薬を飲んでも治りませんでした。
しかし内観を積み重ねるにつれ、心がとても楽になっていきました。またそれと同時に、父親を心の中では憎んでいましたが、自分と重ねあっていたのに気付きました。そして父親の苦しさ・辛さが手に取るようにわかりました。
自分の一歳になる息子がいますが、私の父親と同じ過ちを犯すところでした。これからは図太い神経ではなく、繊細で強い心も持てるように頑張りたいと思います。本当に有り難うございました。
いい経験ができた
M.H.会社員 26歳
最初は、テープや他の内観者の声を聞いて、自分もああいうふうに内観しなきゃいけないとばかり思っていました。でも涙も湧かないし、思い出せないし、上手くいかなくて半ばどうでもいいとあきらめてしまいました。
考えていたことといえば、つい最近の出来事とか、会社・友達のこと、果ては眠くなって寝てしまったり、ご飯のこととか、関係のないことばかりです。本当に自分は不謹慎であると、落ち込んでいました。
何でこんな簡単なことが出来ないのかと悩んでいましたが、指摘を受けまして、自分は内観を型にはめようとしているのに気づきました。今は、そういうのが自分だと、何となく思います。
うまく内観ができないと悩んでいるうちに、最初の目的である神経症のことは忘れていました。私の悩みなんて、そんなものかなと思います。とにかくいい経験ができて良かったです。
一週間も自分のことばかり考えさせてもらって、申し訳ないです。テープを聴いて、世の中には苦労している人が沢山いると思いました。有り難うございました。【内観語録】病気は誰のせいでもなく、自分が起こしているのです。
事実を認めていって
O.M 無職 30歳
過去を振り返り、相手の気持ちになってその事実を考えてみた時、初めてその人の心遣いというものに気づきました。今まではその事実のみを覚えていましたが、その裏には沢山の想いがあったということに気づいた時、人間として一つ上のステップに上がれた気がします。
五日目でしょうか、トイレに行った時、何度も見ていたはずなのに、柳田先生のお言葉の意味が頭ではなく心で分かりました。「人は他人に善を求めて苦しみ、人は己の悪を認めて安らぐ」大変ありがたいお言葉であり、ものごとの全てを語る素晴らしいお言葉だと思います。
内観をしていない時にこの言葉を聞いても、きっと意味が理解できなかったと思います。